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川崎元気企業調査報告書(川崎 元気本)
掲載企業紹介

有限会社フジヤ文具(文具倶楽部 CLiP’s)

70年の絆と新しい挑戦が交差する街の文具店
―「おたがいさま、おかげさま」の精神で紡ぐ、地域と共に歩む道

代表取締役 山本 守弘(右)
店長 山本 真弓

事業内容文具・事務用品小売販売、推し活グッズ販売、ギフト雑貨販売、オフィス家具販売、ワークショップ運営(推し活教室)
企業名有限会社フジヤ文具(文具倶楽部 CLiP’s)
創業1955年(昭和30年)富士屋商店として創業
1970年(昭和45年)文具専門店「フジヤ文具」に改装
1993年(平成 5年)法人化「有限会社フジヤ文具」に改組
1997年(平成 9年)店名を“文具倶楽部CLiP’s”に改名
所在地川崎市中原区北谷町693
電話044-522-6369
従業員従業員2名
代表代表取締役 山本 守弘(ヤマモト モリヒロ)  店長 山本 真弓(ヤマモト マユミ)
URLhttp://home.c05.itscom.net/clips/index.htm

創業から70年、三世代にわたって地域に寄り添い続けてきた「フジヤ文具店」。JR南武線平間駅から歩いて5分、北谷町通り商店会の一角で、今日も朝8時から温かな明かりが灯る。店頭の「くりっぱー」が迎える店内では、新たな文化への挑戦と、変わらぬ地域への想いが交差している。令和の時代に「推し活」という新しい風を取り入れながら、地域に寄り添う店としての本質を見つめ直すなかで、その挑戦の物語が見えてくる。

祖父と父が築いた信頼と横のつながり ― 三世代で紡ぐ「地域の文具店」―

「おたがいさま、おかげさま」。山本守弘社長の座右の銘だ。この言葉こそ、三世代にわたる商売の精神を象徴している。
昭和30年、祖父が定年退職後に「富士屋商店」として創業。当時はこの地から富士山が見えたという。日用雑貨を扱う何でも屋から始まった商売は、二代目の父が昭和45年に「フジヤ文具」として文具専門店へと転換した。マメな性格だった父は、学校への御用聞きや行政への納入など、「店売り+外商」へと事業を発展させた。
転機は山本社長が26歳の時。父の急逝により、突然三代目を継ぐことになった。「右も左もわからない状態だった。でも父が残してくれた道をたどるしかなかった」。その後、祖母も母も相次いで他界。「いきなり守ってくれる『傘』がなくなったんです。」
しかし、支えてくれたのは、父が積み重ねた地域との信頼と、文具業界の”横のつながり”だった。「『あのオヤジの息子なら仕方ない、面倒見てやるか』と、皆さんに助けてもらいました。父母、祖父祖母がやってきたことがお店の基盤になっていると、本当に実感しました。」
「商売は一人ではできないし、人との関係で成り立つもの。地域のおかげで今日の店がある」。幼い頃から店の奥の座敷で祖父母の商売を見てきた山本社長。友達からはその頃からずっと「じじばばの店」と呼ばれ、店は生活の中心そのものだった。大学卒業後は一度文具メーカーに修業に出たが、長男として店を継ぐ覚悟はどこかで持ち続けていた。
家族の節目を機に店舗を建て直し、屋号を「文具倶楽部CLiP’s」に変更した。「文房具とお客様をつなげるクリップのような店になりたい。」

推し活への挑戦 ― 新たな文化を取り入れる勇気と葛藤 ―

創業70周年を控えた2024年、山本社長夫妻は大きな決断を下す。あるイベントで出会った店舗活性コンサルタントから、人口減少時代の生き残り戦略について提案を受けた。「『人を集める』から『人が集まる』店への転換が大切です。『顧客をつくる』より『ファンをつくる』という発想で。例えば今、推し活市場が拡大しています。そうした需要にワークショップで体験の場を提供することも、一つの方法です」。70年続く文具店と流行りの推し活、その組み合わせに山本社長夫妻は戸惑ったが、新たな可能性を感じ取った。そして、日本最大級の文具の展示即売会「文具女子博」で目の当たりにした光景―大量買いをする客でレジに大行列―には圧倒された。「文具を推す人たち、そしてアイドルやアニメなど、さまざまな推し活をする人たちがこれだけいる。需要は確実にある。」
だが、改装への道のりは平坦ではなかった。「ペーパーレスの時代でファイルの需要も減っている。それを並べる什器も思い切って撤去して、体験型の空間を作ろう」という提案に、「本当にこれでいいのか?」と葛藤もあった。議論を重ね、悩み抜いた末に、変化を恐れるより挑戦を選んだ。
2025年5月、「文具と推し活のお店」として大胆なリニューアルを実施。最大の特徴は、推し活グッズを「メンバーカラー別」に陳列する棚だ。赤・青・黄・緑・紫・ピンク・オレンジ・白・黒と、色ごとに整然と並ぶアイテム。推しの色で選ぶ楽しさを提供している。 什器を撤去して生まれた空間に、新たにワークショップスペースを設置した。月2回土曜日に開催する「CLiP’s推し活教室」では、ファンサうちわや缶バッジを作成。横浜から来店された方が、大学の文化祭でバンド出演する孫のためにうちわを作る姿も見られる。「縁もゆかりもない方が、一生懸命検索してきてくれる。最後に喜んで帰る姿が印象的でうれしい。」

ファンうちわ教室などワークショップの様子

昭和レトロペンの発見 ― “熟成”が生んだ新たな価値 ―

リニューアル時、倉庫から思わぬ宝物が見つかった。40年以上前の万年筆やボールペンが大量に眠っていたのだ。「父が景気の良い頃に、3,000円のペンでも10本単位でしか買えない時代に仕入れたもの。普通に考えれば不良在庫。でも40年たてば価値が変わる。」
「昭和レトロペン」、「40年間倉庫で熟成されました」というキャッチコピーで、当時の定価のまま販売を始めた。するとSNSで知った来店者が続々と訪れた。「日本製でしっかりしている。質感が違う。」と、新たな顧客層がシャープペンシルを複数購入していく。
「文具は時代のサイクルがあり、“今買えない価値”が若者に響いている。」不良在庫と思われたものが、時を経て新たな価値を生む。日本初のシャープペンシル復刻ノベルティーも発見され、「これは出さずにとっておこう。」と山本社長は笑う。

昭和レトロペンのラインナップ

地域の核として ― 元気塾から広がる街づくり ―

山本社長の活動は店舗経営にとどまらない。30歳代で商店街会長を務め、川崎市商店街連合会の「商業大学」に通い、神奈川県の勉強会にも参加してネットワークを広げた。
2001年には札幌のよさこいソーランに感動し、「平間よさこいソーラン」を10年間開催。「商店街を札幌の大通り公園に見立てて、地域と一緒に盛り上げたかった。」
現在は「元気塾」を主宰。地域の製造業経営者、設計士、商店主など「平間をなんとかしたい」という想いを持つ20名以上の仲間が集まる。「いろんな人が集まれば、得意なこと、強みを持ち寄れる。」、その定例会は街の中心の「マグマ」になりつつある。
今年10月のハロウィーンパーティーでは、3時から6時まで通行止めになる商店街の特性を活かし、地域の子どもたちが集まるイベントを開催した。「何もやらないと閑散としているが、何かやると人が集まってにぎわいが生まれる。」
ネット通販を“空中戦”、地域商店を“歩兵の匍匐(ほふく)前進”と例える山本社長。「足元の戦いこそが、地域商店の生きる道だと確信している。」

融合への模索 ― 新旧の価値をつなぐ挑戦 ―

推し活をターゲットとした大胆なリニューアルが話題となり、商売を継いで40年間でもっとも多くのメディアに取り上げられた。しかし、山本社長は冷静だ。新しい挑戦と従来の顧客ニーズのバランスをどう取るか―それが現在の最大の課題だ。
実際、古くからの顧客には「自分の店じゃなくなった気がする」という声も。一方で「明るくなった」「見通しが良くなった」という評価もある。
山本店長のファンは多い。毎日夕方に「ただいまー」と店に入ってくる子どもや、おしゃべりを楽しみにしている常連客。82歳のバイオリン奏者が「B4サイズの楽譜を収納できるクリアファイルがほしいが、遠くには行けない」と相談に来る。
「店のスペースは限られており、品ぞろえにも制約はある。その制約を逆手に取り、『相談にしっかり耳を傾ける店』、『困ったらフジヤさんへ』と頼ってもらえる存在として活路を見出したい。」 推し活という新しい軸を保ちながら、地元のファンをしっかりクリップする。その両立に向けて、試行錯誤は続く。

次の70年へ ― 楽しみながら、あきらめない ―

「商売は『あきない』だから『あきらめない』」。祖母から言われたこの言葉を胸に、山本社長は前を向く。「個人商店を維持していくのは大変。でもやるからには楽しみながらやりたい。共に楽しめる仲間を増やしていきたい。」
中原区で文具店を営むのは、もはや当店1軒のみ。川崎市内でも個人経営の文具店は片手で数えるほど。しかし、山本社長の目は明るい。
朝8時、ランドセルを背負った子どもがノートを買いに飛び込んでくる。「学校行く前のギリギリじゃダメ」と叱るのではなく、「いってらっしゃい」と見送る、そんな温かい店であり続けたい。
「あってよかった店、なくなったら困る店、お役に立てる店」。70年の歴史と新しい挑戦が交差する店内で、今日も地域の人々が集う。推し活という新たな潮流に挑戦しながら、地域の便利屋としての本質は変わらない。試行錯誤の先に見えるのは、地域と共に歩む次の70年への希望だ。