社会福祉法人しいの実会
地域に根ざし、心を繋ぐお菓子作り
―利用者の笑顔と主体性が育む、共生の現場―
理事長 村山 憲一(右)
施設長 近松 厚志
| 事業内容 | 障害福祉サービス事業(生活介護)、地域活動支援センター運営、お菓子製造・販売 |
| 企業名 | 社会福祉法人しいの実会 |
| 創業 | 1988年(昭和63年)作業所開所、2002年(平成14年)法人設立 |
| 所在地 | 川崎市中原区木月伊勢町6-8 ウェルフェアMISYA 202 |
| 電話 | 044-434-6088(法人事務局)、044-434-5527(おかし工房しいの実) |
| 従業員 | 19名 |
| 代表 | 理事長 村山 憲一(ムラヤマ ケンイチ) |
| URL | http://shiinomikai.ict-jig.com |
クッキーは、単なる商品ではない。一つひとつに、作り手の成長と喜びが込められている。川崎市中原区で37年にわたり知的障がいのある方々の就労を支えてきた社会福祉法人しいの実会。「おかし工房しいの実」の店頭に並ぶお菓子には、施設を利用するメンバーが主体性にかかわり、地域社会の一員として生きていく証が刻まれている。
しいの木が実を結んで ― 親の願いから生まれた「働く場所」 ―
「しいの木学園の卒園生が、卒園後も働ける場所を」。そんな保護者の切実な願いから、しいの実会は誕生した。「しいの木」が大きく育ち、やがて「しいの実」を結ぶように――。その名前には、子どもたちの成長への深い思いが込められている。 平成2年に中原区今井南町へ移転し「しいの実共同作業所」として活動。当初は「さをり織り」を行っていたが、前施設長の野村喜代美氏がレクリエーションとして始めたお菓子作りが本格化。平成11年に「おかし工房しいの実」として開所。最初に作り始めたクッキーは、メンバーが計算しやすいように100円均一の袋詰めにした。現在は原材料高騰で150円になったが、その思想は変わらない。徐々に商品が増え、売り上げも上がっていった。実店舗があるおかげで、地域の方と自然につながれる。リピーターも多く、売り上げも安定している。
制作の様子
「できた!」を生む工夫と配慮 ― 一人ひとりに合わせて ―
さをり織りは一人で黙々と行う作業だ。一方、お菓子作りは複数人でコミュニケーションを取りながら進める共同作業。お菓子作りの立ち上げ当初、流れ作業で今までと違う作業工程ということもあり、苦労したという。しかし、トライアンドエラーを重ねて扱いやすいよう工夫を積み重ねた。
例えば、計量カップに目盛り線を引く。「70ミリリットル入れて」と口頭で伝わる人もいれば、そうでない人もいる。線を引くことで、誰もが確実に作業できるようにした。「メンバーにとってやりやすいやり方が一番。そこに重きを置いています」。
製造・袋詰め・納品・販売まで一連の流れを自分たちで担うことで、「働く実感」を育んでおり、成長を実感する瞬間は多い。「攪拌(かくはん)作業は最初はうまくできなかったのが、かちっと形になってきたり、ケーキの型に流し込むのが苦手だったのができるようになる」。ついに一人でクッキーを焼き上げたときの、その笑顔。職員も会議でこうした成長をうれしそうに話し合う。
しいの実会の基本理念は「その人らしい生活を地域社会の中で」。施設の利用者一人ひとりと話し合いながら個別支援計画書を作り、個性に応じて最大限の力を発揮できるよう支援し、社会の一員として自立した生活を送れることを目指している。
地域との絆、企業との信頼 ― しいの実を支える人々 ―
しいの実会の理事長、村山憲一氏は、もともと近所で写真店を営んでいた。メンバーが立ち寄ることが多く、その交流から縁が広がった。「一度かかわったからには中途半端なことはできないと思いました」と、ボランティアから理事を経て、理事長に就任した。「織物からお菓子へ変更したときの苦労話はよく覚えています。試食が多くて、だいぶ太りました」と村山氏は笑いながら当時を振り返る。地道な営業活動やバザー出店を重ね、徐々に地域に広がっていった。
そうした地域との絆を象徴するのが、月1回開催する地域カフェだ。毎月第3土曜日、100円で好きな飲み物を2杯楽しめ、地域住民が気軽に立ち寄ることができる。常連のお客様はもちろん、新たに引っ越してきた住民や理事長の知人など、世代を超えた交流が広がっている。
施設を利用するメンバーにとっても、カフェは大きな意味を持つ。「家庭とは違う環境で、色々な人と接点を持ち、会話を楽しむ場になっています」とおかし工房しいの実施設長の近松厚志氏は語る。日頃の活動を紹介したり、「イケメンが来た」と喜ぶ場面も。カフェを通じてリラックスした雰囲気の中でコミュニケーションを取ることで、それぞれの個性が引き出されていく。カフェは、メンバーにとっても自然に人とかかわれる大切な時間となっている。
一般の来訪者にとっても、障がいへの理解を深める良いきっかけとなっている。「店舗では、店番スタッフがお客様からいただいたご意見やご感想をノートに記録しています。寄せられたご意見は商品開発や改良に活かされ、また、毎月1回、その内容をメンバーにも配布しています。これがモチベーション向上にもつながっています。」
企業との連携も厚い。富士通株式会社など地元大手企業からの発注や、神奈川県遊技場協同組合からは20年以上前から毎週定期的に発注を受けている。中原区民祭やフライマルクト(ブレーメン通り商店街)などへの出店も行っている。「販売に出張している先で『シフォンケーキが美味しい』という声をよく聞きます」と近松氏は語る。 品質へのこだわりも徹底している。添加物を使用せず、体にやさしい商品作りを創業以来受け継いでいる。「幅広い世代の方に安心して召し上がっていただける」と好評だ。平成27年には「和工房ゆいまーる」を開所し、和菓子事業も展開している。
笑顔と連携が生む好循環 ― 一人ひとりが輝く場づくり ―
近年、メンバーの意識に変化が見られる。「最近は楽しみながら活動したいという雰囲気に変わってきました」と近松氏。そこで月2回、エイサー、ダンス、アートなどの作業外活動を実施。パートスタッフも特技を活かし、K-POPダンスや絵画を教えている。メンバーたちは笑顔で体を動かし、仲間とともに充実した時間を過ごしている。
毎月の給料日はメンバーにとって大切な日。夏と冬にはボーナスも支給される。「自分で働いて、自分でお金を稼いだ」という達成感にあふれている。その実感が、彼らに誇りをもたらし、生きる力になる。「推しのアイドルのCDを買って持ってきて見せてくれる。そのことを嬉しそうに話しているのを見ると、本当に良かったと思います」
しいの実会の最大の強みは、全スタッフの情報共有にある。職員会議ではメンバー一人ひとりの状況を把握して共有し、「誰が休んでも対応できる」仕組みづくりを徹底している。パートも正職員も区別なく、情報共有が行われている。
パートスタッフは現場の様子をよく見ている。お菓子作りの工程で「こうした方が良い」「効率が良くなる」「働きやすくなる」といった提案をする。「よく話を聞いて、解決のアドバイスを出していく姿を見ていると安心します」と村山氏。メンバー間でトラブルがあれば、個別面談や全体での話し合いを実施。思いやりを持ってやってほしいと声掛けを熱心にしている。「アドバイスをするタイミングの良さは、いつ見ても感心します」
次世代への挑戦 ― 若手の力と、変わらぬ想い ―
今後の課題は、メンバーの高齢化への対応だ。他の介護施設へスムーズに移行できる関係作りや、保護者の高齢化への対応も重要になる。川崎市障害者相談支援センターや地域包括支援センターとの連携を活かして、対応を進めている。近年、20代の看護師と20~30代の支援職員が入職した。「新しい目線で新しい提案をしてくれる」と近松氏。メンバーは、新しい職員に対し物の置き場を進んで教えたりと、思いやりの精神が生きており、両者ともに良い刺激を受けている。
本来、生活介護事業は送迎をしている施設が多いが、しいの実会では送迎をしていない。自分で通ってもらうが、通所中に様々な出来事が生じることもあるが、それらを一つひとつ経験することで成長や学びに繋がっている。学校を卒業したばかりのメンバーが、最初は戸惑いながらも、次第に社会のルールやマナーを身につけ、自ら考えて行動できるようになっていく。「地域の皆様のご協力に感謝しつつ、メンバーの成長を見守るため、職員が丁寧に対応することを心がけています。地域全体で支えていくことが理想。こういう小さなきっかけの積み重ねで和が広がっていくことが望ましいです。」
村山理事長は語る。「喜んでいただけることが何よりも嬉しいです。保護者の方から感謝の言葉をいただいたり、地域の皆様から温かい言葉をかけていただいたりしたとき、メンバーや職員の笑顔が自然とあふれる瞬間に大きな喜びと安心感を感じます。」
37年間活動を続けてきた根底にあるのは、施設利用者であるメンバーの主体性と笑顔を何よりも大切にする想いだ。一つひとつのお菓子に込められた成長の物語は、これからも地域に広がり続けるだろう。
クッキーの袋詰め作業