株式会社 東照

「川崎」に密着し新機軸を打ち出す 創業110年の老舗菓子店

 代表取締役社長
岩瀬 亘克

事業内容 菓子製造販売
企業名 株式会社 東照
創業 1913年(大正2年)
所在地 川崎市川崎区本町1-8-9
電話 044-244-5221
従業員 26名(パート含む)
代表 岩瀬 亘克(イワセ ノブヨシ)
URL http://www.tohteru.com/

「菓寮 東照」は大正2年(1913)創業、旧東海道沿い東海道五十三次の川崎宿付近に本店を構え、地域に根ざした菓子づくりを続けてきた。老舗として伝統を守るだけではない。四代目の岩瀬亘克社長は、和菓子と洋菓子の魅力を合わせた新商品開発、オンライン販売、法人営業の拡大など常に新機軸を打ち出している。事業展開の基本は「川崎」という地域に密着すること。コンビニエンスストアなど大手チェーンがナショナルブランドのスイーツを強化するなか、東照は川崎の歴史や観光資源、異業種企業と連携した仕掛けで需要を創造している。

かわさき宿交流館と連携して「奈良茶飯」を再現

JR 川崎駅の北口から京浜急行の京急川崎駅を越え、飲食店や商店が並ぶ2本目の通りが旧東海道。左に曲がって進むと「東海道 かわさき宿交流館」があり、東照の本店はその少し先に立地する。戦争で焼け野原になったこの街に、かつての「川崎宿」の面影は残っていない。かわさき宿交流館は、ここに宿場町があったことを伝え地域交流の拠点となる施設として2013年に川崎市が整備した。

かつての川崎宿には「万年屋の奈良茶飯」という名物があり、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」や芭蕉の句で紹介されている。東照の岩瀬社長は交流館の館長に相談し、完全なレシピは残っていない奈良茶飯の再現に挑戦。うるち米ともち米に、栗、炒った大豆、粟や小豆を加え、お茶で炊き上げた滋味たっぷりの現代風おこわとして発売した。菓子から食事に近いメニューへ商品ラインを広げただけでなく、冷凍パックで賞味期限が長い商品の誕生でもあった。行政と民間が展開した2023年の「川崎宿起立400年記念」のキャンペーンとともに、奈良茶飯の認知度は上がっていった。

岩瀬社長自身は菓子職人ではない。大学を卒業するとフライトシミュレータで有名な大手企業の関連会社に入り、防衛装備品の営業を担当した。コンピュータグラフィックスの知識と国の制度に関する理解が必要な仕事だ。やりがいを感じていたが、百年以上続く家業も気になる。まずは様子を見るつもりで2005年に家に戻ると、社長だった父がまさかの病に倒れた。菓子作りのことも会社経営のことも分からないまま、39歳で急遽、四代目社長に就任。分からないからこそ、自由な発想ができたのかもしれない。

和洋こだわらない新商品で「地域」押し出す

東照のルーツは佃煮屋の「日進堂」で、養子に入った和菓子職人の曽祖父が菓子店の「日進堂」を創業、祖父も和菓子職人だった。これに対して三代目の父は職人ではなく、大学を卒業して家業に入るとすぐに、生洋菓子や高級アイスクリームを取り入れ商品メニューを拡大している。老舗に新機軸を持ち込んだ父と息子だが、違うのは三代目が高度経済成長の波に乗ったのに対し、四代目は日本経済の停滞の中で登板したことだ。

四代目の岩瀬社長は大手コンビニチェーンのスイーツ事業に「地域性」と「独自性」で対抗するため、「川崎を代表する手土産銘菓」を経営コンセプトに据えた。定番のまんじゅうやどら焼きは、北海道産の小豆など高品質な素材を丁寧に仕上げ、ナショナルブランドより少し贅沢な菓子として価格設定する。一方で、川崎宿名物の奈良茶飯、多摩川の渡しの地名を入れたフィナンシェ「六郷の渡し舟」、季節限定の「湘南ゴールドどら焼」など「地域性」と「独自性」を押し出した新商品を次々と発売していった。

しかし、マンパワーには限りがある。東照のスタッフは社員とベテランパートを合わせて26人。特に製造部門は、少子高齢化や若者の価値観の変化により、長期間の修行に耐えた菓子職人を多数抱えるなど困難になっている。「修行中の菓子職人には、昔は休みなどなかったそうです。いまの若者はそれでは続きません。製菓学校を卒業した若者をきちんとした待遇と給与で育て、二十代から三十代の社員がパートさんとともに製造を支えています」(岩瀬社長)という。

機械化も進めている。看板商品の一つ「かわっぴら餅」は、せんべいのように平たく薄いのに、噛むともちもちした食感と表面を焼いた微かな香ばしさ、そして餡の上品な甘さが口の中に広がる。川崎市や川崎商工会議所が選ぶ「川崎名産品」にも指定された。この奥行きのある味わいを限られたマンパワーで実現するため、最初に包餡機で丸い餅菓子を自動で作り、それを職人が手作業で平たくのばし両面をこんがり焼き上げる。価格は税込み150円。機械も使うことで大量生産の餅菓子よりわずかに高い価格水準に抑えつつ、「職人の手作業による薄さと焼き加減が勝負所。かけるべき手間をかけるところに価値が生まれます」(同)という。

マンパワー不足をオンライン販売や法人販売でカバー

販売ルートも川崎駅周辺に3つある実店舗のほか、4年前から川崎市の助成金を活用して公式オンラインショップによるネット販売を順次稼働した。また、京急川崎駅構内の店舗は、話題の無人販売機を導入し、どら焼きやまんじゅうを通勤客にも気軽に買ってもらえるようにした。現在は、実店舗の運営をスリム化して確保したマンパワーで法人販売の強化に取り組んでいる。

法人販売は、社名の焼印を押したどら焼きなどを中元・歳暮、手土産用にまとめ販売してきた。また、2019年には川崎大師・平間寺から名物「だるまさぶれ」の製造を受託した。この材料をいかし東照オリジナルの「ひょうたんサブレ」も商品化し、日持ちする贈答用商品として展開する。法人販売を伸ばすには、地元の企業に東照を認知・評価してもらう必要がある。実店舗で商品が市民に愛されていること、行政のイベントへの参加など東照として地域との関わりを重視していることが法人販売を支える力となっている。

岩瀬社長は、近隣の若手経営者有志と2020年に「川崎宿インバウンド研究会」をスタートした。羽田空港に到着する海外からの観光客をいかに川崎宿に呼び込むかを考え、異業種の企業が協力して一社単独ではできないイベントを実施していく。街あるきマップを制作したほか、コロナ禍が明けたいま、2023年11月には二階建てオープントップバスによる市内の観光スポットめぐりを実行するなど活動を本格化している。

東照は、創業110年の老舗でありながら、常に新たな試みに挑む。「川崎」であることをアピールする創業百年超の菓子店は、地域が活性化するほど商圏が広がる。「時間がかかるけれど、それが一番だと思っています」(同)。何も分からないまま事業を承継した四代目だったが、いま、経営方針は明快だ。

川崎市産業振興会館
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