株式会社 高橋製作所

「人速対応・精巧納品」。加工から組立まで地域ネットワークを活かした一貫体制で顧客が納得するモノづくりを推進

代表取締役 高橋理仁(右)

専務取締役 高橋繁幸(左)

事業内容 切削加工全般
企業名 株式会社 高橋製作所
創業 1959年(昭和34年)8月
所在地 川崎市宮前区馬絹3-10-36
電話 044-852-3111
従業員 16名
代表 高橋 理仁(タカハシ マサヒト)
URL http://takahashi-works.co.jp/

フライスによる切削加工を主力に産業機器部品の製造から試作開発まで手掛ける㈱高橋製作所(川崎市宮前区)。中小ロットの多品種少量生産に軸足を置き、「人速対応・精巧納品」をモットーに、近隣の協力会社とのネットワークを活かしたきめの細かい仕事ぶりで顧客からの信頼を勝ち得てきた。

近年は積極的な設備投資にも着手。加工から組立までの一貫生産体制の構築を目指し、さらに新工場建設を検討するなど創業60年の節目を迎え、新たなステージへと歩みだそうとしている。

短納期と品質保証     

高橋製作所はフライス加工をメーンに金属、樹脂といった様々な素材に対応し、機械装置部品、光学機器、食品機械など幅広い分野で事業展開している。従業員数16人の小世帯の工場には最新のマシニングセンター(MC)をはじめ、フライス盤、工具研削盤といった工作機械がぎっしりと並び、検査室には測定顕微鏡、画像測定装置などの機器が揃えられている。陣頭指揮を執るのは経営全般と技術を取り仕切る高橋理仁社長とその2歳違いの弟で営業を担当する高橋繁幸専務。それぞれ入社11年目の兄弟経営が同社を大きく変えてきた。

同社の強みとなっているのが川崎市、横浜市など周辺の企業とのネットワークによる受注体制だ。切削加工に加え、板金加工、表面処理、熱処理、組立といった工程を協力会社との一貫生産体制によって、顧客のきめ細かい要求に迅速に応えられるのが最大の特徴である。それも単品から数十、数百個といった中小ロット生産に重点を置きつつ、短納期化を実現。さらに画像検査装置などの導入で品質保証への取組みを徹底することで顧客から厚い信頼を得ている。すでに新規導入も含めたマシニングセンター9台はフル稼働が続いており、工場増設も含めた新たな設備投資が喫緊の課題になっている。

どん底からのスタート       

同社の創業は1959年。高橋社長の祖父にあたる高橋芳三氏が東京都世田谷区で高橋製作所を設立。75年に株式会社化して78年に川崎市高津区に移転。その後、85年に川崎市宮前区に本社工場を移して現在に至っている。

創業以来、フライス盤による切削加工を得意として大手電機メーカーからの仕事を受注。バブル期ごろまでは順調に業績を伸ばしてきた。しかし、90年代に入り顧客の海外への事業移管が進み始めると売り上げが激減。さらに2008年のリーマン・ショックが追い討ちをかけた。

高橋理仁社長が入社したのがちょうどその頃。会計事務所に勤務していたが、結婚を機にもう少し経済的にも余裕ができればと家業を継ぐことを考えていた。ところが実家に戻り財務諸表を見てみると業績は繰延損がかさんで借り入れもできない状態まで悪化。当時社長を務めていた実父の均会長や周囲からも「製造業はこれから厳しい。家業を継ぐことはやめたほうがいい」と説得された。とはいえ、この会社を継ぐのは自分しかないと入社を決断。会計の知識を活かして財務の改善から取組み始めた。赤字受注も多く、まずは現場のコスト意識を変えることに着手した。自ら現場で技術を学びつつ、5Sや現場の見える化に取組む一方、作業指示書に単価を記入するなどしてコストへの関心を高めることに取組んだ。

また、高橋社長から3カ月遅れで高橋繁幸専務も入社。外交的な性格を活かして営業を担当することになった。ただ、それまで同社には営業はなく、新規開拓のノウハウもなかった。「飛び込み営業は当社ぐらいの規模では『よほど困っているのでは』と逆効果。知り合いの会社からの紹介から進めていきました」(同)。

1社依存から脱却し、増収増益基調へ 

改善の兆しが見え始めたのは入社後3年ほどしてからだった。高橋社長は資産を整理するなどして財務内容を改善する中、従業員のコスト意識も高まり、赤字受注は全廃した。

一方、営業面でも川崎市や横浜市、横須賀市、東京都大田区などの自治体の商談会への参加から新規受注が増え始めた。当初は「99.9%無理」などと揶揄されていたものの、初参加で受注に成功。その後は年5~6回のペースで参加し、新規顧客獲得に成果を上げている。「現在、月に30~40社と取引していますが、ほとんどがこの10年以内のお客様ばかり。全国を探せば仕事はいくらでもあると実感しています」(高橋専務)。

それを可能にしているのが協力企業の存在だ。高橋専務が率先して近隣の信頼できる腕の良い会社を結びつけ、ユニット受注へと業容を拡大したことが飛躍のきっかけになった。すでに売上高の約9割がネットワークを活かした仕事であり、サポートインダストリーにおける新たなビジネスモデルとしても注目される取組みである。

また、取引先の大半が中堅・中小規模の会社であることも特徴だ。かつては大手メーカーからの量産を狙っていたが、あえて中堅・中小やファブレス企業からの中小ロット製品をメーンにしている。「以前は細かい仕事よりも大手の量産の仕事を選んでいたが、結局、値引き競争で赤字というケースが多かった。小ロットでも腹を割って話し合い、納得できる品質を提供して適正な利益を得られる形のほうが当社には適している」(高橋社長)というのがその理由である。さらに大手メーカー1社に依存していたころの反省を踏まえ、1社あたり多くても売上高の10%以内に抑えている。顧客の業種も機械、食品、オートバイ、半導体関連など幅広く、業界ごとの景気変動へのリスクヘッジにもなっているという。

こうした結果、12年に黒字化を達成。15年には社長、専務にそれぞれ就任し、18年度に至るまで増収増益を続けている。

経営基盤強化に向けた設備投資と人材活用

現在の課題は設備の更新・新設と人材育成とその活用である。設備投資に関しては16年から本格的に再開。川崎市や川崎市産業振興財団の支援を受けながらモノづくり補助金や小規模事業者向け補助金などを申請し、画像検査装置など品質保証に関する設備を揃える一方、MC7台、横型自動タッピングホール盤などを導入。今後、1~2年内にはMCの追加をはじめワイヤーカット放電加工機や平面研削盤などを計画している。「生産能力を引き上げ、組立まで手がけることで安定したリピート品の仕事を得ることが経営基盤の強化に必要。そのためには現在の本社工場は手狭であり、1~2年内に移転したい」(高橋社長)考え。

また、人材育成についても10年前は4人だった従業員も若手を中心に4倍に増員。「祖父の代からのベテランの技術を継承することが大きな課題」(同)となっている。人材確保に向けて就業時間も定時で終われるように現場作業を効率化している。財務内容を透明化し、毎月の決算が損益分岐点を越えると業績手当てを出す制度を実施。さらに業績手当には個人の目標実績も加味されるなど従業員のモチベーションアップも図っている。

今年創業60年を迎えるに当たり高橋社長は「規模の拡大は望んでいませんが、リーマン・ショック級の不況にも耐えられる経営体質の構築が当面の目標です。今後は協力企業との連携を強化しつつ、自社製品の開発にも取組み従業員が誇りを持って働ける会社にしていきたいですね」(同)。メーカーへの脱皮をばねにさらなるモノづくりの高度化に挑戦していく。

川崎市産業振興会館
トップへ戻る