昔の東海道川崎宿の賑わいを再興する
代表取締役 岩澤 克政
事業内容 | 建設工事、クラフトビール製造販売業、ガラス工芸教室 |
企業名 | 株式会社 岩田屋 |
創業 | 1894年(明治27年)3月 |
所在地 | 川崎市川崎区本町1-4-1 |
電話 | 044‐222‐5450 |
従業員 | 5名 |
代表 |
岩澤 克政(イワサワ カツマサ) |
URL | https://tokaido.beer/ (東海道BEER川崎宿工場)
https://www.tokaido.glass/index.html (東海道GLASS) |
JRと京急の川崎駅の近く、旧東海道川崎宿にあるクラフトビール醸造所兼ビアパブ。実はこの店を経営しているのは地元の建築設計・施工業、株式会社岩田屋だ。このほかにもガラス工芸教室の経営も行っている。単なる多角化、というのなら少し違う。
元々は、創業127年という輸入ガラス商の老舗だ。四代目となる今の社長、岩澤克政氏は、川崎生まれの川崎育ち。地元、川崎宿跡の賑わいを取り戻したいという思いを抱いていたところ、市のまちづくり・活性化事業と接点を持った。川崎宿は2023年に開宿400年を迎える。しかし、歴史は古いが、当時を忍ぶものはほとんど残っていない。そこで岩澤社長は、川崎宿に人の立ち寄ることができるスペースをつくれないか、と思い立ち、自社物件で新しい事業に乗り出した。
文明開化、輸入ガラス商としてスタート
創業は1894(明治27)年、この年、東京の業者が海外から板ガラスの輸入を始めたとき川崎で板ガラスの取り扱いを始めたのが同社。京浜地帯の工場や住宅のガラス工事を取り扱ってきた。
四代目の岩澤社長が、家業を継ぐため会社勤めを辞め入社したのは、バブル崩壊の後だった。その頃は地場ゼネコンの下請けをしていたが、そのままでは不況を生き残れないと、岩澤社長は事業転換することを決意。自ら一級建築士の資格も取り、リノベーションなどを手がける建築設計・施工業として発展してきた。
その岩澤社長が川崎宿の歴史を活かす事業に乗り出そうとしたとき、真っ先に思い付いたのが、ビール醸造だったという。かつて松尾芭蕉がこの地で「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」と詠んだように、昔から川崎には麦畑があった。そのような川崎にふさわしい、だからここで麦酒ことクラフトビール工場をやろうと決めたという。
とはいえ、全くの異業種、簡単なことではなかった。酒造免許を取るため、必死に動いたが、知れば知るほど、素人に難しいということを思い知らされた。
そんなとき一つの出会いがあった。同じ川崎市内の南加瀬で「風上麦酒製造」の経営者で醸造技師の田上達史氏だ。独特なセンスに惹かれるファンも多く、業界では知られた人物だった。だが田上氏は事故に遭い、約1年半で自身の醸造所を閉めざるを得なくなった状況にあった。
そこで、岩澤社長は田上氏にコンセプトを伝え、ビール醸造を手伝ってもらえないかと依頼。そして、自社設計で作り上げたのが、2018年12月開業の「東海道BEER川崎宿工場」である。ガラス商岩田屋のイメージを考え、ふんだんにガラスを使った造り。照明は特注の江戸切子のランプシェード、店内カウンターからもガラス越しに工場夜景を連想させるビアタンクが見える。そして入り口には、川崎にある稲毛神社の大銀杏と蜻蛉をあしらっている。
そしてこの内装、日本空間デザイン賞2019の食空間部門で入賞している。
田上さんのビールを飲みたい!
オープン以来、田上醸造技師が造るビールの噂を聞き、多くの人が来店している。県外からも多く、土日に千葉、埼玉からの客や、「東京出張したら絶対来ようと思っていた」と口にする遠方の客もいる。ビールの評判を聞いて来店する客だけでなく、店構えの魅力に惹かれる人も。地元、川崎を中心に、じわじわと常連が増えてきている。
田上醸造技師が造り出すビールは現在10種。
「1623」は、川崎宿が東海道の宿場町に制定された年を冠したもの。大量のアロマホップを使ったシトラスの香りと強い苦みを調和させた爽快なビール。
「黒い弛緩」 は、ハーブによる複雑なアロマに覆われた黒色のビール。マーク・メリと長谷川
小二郎選定「今飲むべき最高のクラフトビール 100」(19年5月刊)にも選ばれた。
「薄紅の口実」 は、 いちごの爽やかな酸味とほのかなハチミツの香りを持つ紅色ビール。ハチミツは県立川崎高校養蜂部の産品を使用している。
「麦の出会い」 は、小麦をまぜて造られた飲みやすい白ビール。オレンジピールとコリアンダーが心地よく香る。
「黒に浮かぶ」 は、2021年「全国工場夜景サミットin川崎」を記念して造られた川崎工場夜景をイメージした黒色のコーヒービール。
この定番5点に加え、川崎フロンターレとのコラボビール「FRO AGARI YELL(風呂上がりエール)」や季節ごとのビール1種の7種類を常時お店で提供している。
もちろんコロナ禍による来客数の減少は厳しかった。席数を減らしての時短営業は売り上げに響いた。そこで、家飲みや贈答用対応に20年11月からボトルビールの販売専用サイトをYahooショッピングにも開設している。現在、生産能力は年間2万リットル。コロナ禍のなか、「開店してまだ2年ですがジャパン・グレートビア・アワーズ2020や今飲むべき最高のクラフトビール100にも選ばれました。コロナでしばらくはオンライン販売にも力を入れなくてはいけませんが、落ち着いたら多摩川の水辺までつづく川崎宿散策のついでに、ビール工場や切子体験にも来てもらえたら」と岩澤社長は語っている。
そして原点のガラスにも
この東海道BEER川崎工場は、内装も設備配置もこだわっている。中でも照明はありきたりなものにしないよう凝った。メインの照明も既製品を散々探したが、理想のものは簡単には見つからなかった。
実は、15年ほど前から毎年、川崎駅近くで「東京ガラス工芸研究所」の卒業制作展示会を見に行っていた。ふと思い出して、研究所に飛び込みで「こんなものを作ってほしい」と依頼して出来上がったのが、カウンターの照明に使われている江戸切子だ。これがきっかけとなって同校代表・大本研一郎氏が来店するように。そこから話が広がり、ガラス工芸の教室を開くことになった。
これもまた、川崎宿に寄ってもらえるための施設。三本目の事業の柱になるガラス工芸教室「東海道GLASS」だ。
岩田屋は元々が西洋板ガラスを扱っていた輸入ガラス商。ガラス屋から発展した設計・施工業が設計したクラフトビール工場。そして、その内装を飾るガラス工芸から発展した工芸教室と、発祥の地、川崎宿で、一見、別々に見える三つの事業が実はつながっている。
江戸切子のランプと工業夜景を連想させるビアタンクが幻想的な店内