杉田農園

農園は非常時のライフラインでもあった

食と生活の安心安全を後世へ紡ぐ

園主 杉田広行
事業内容 野菜・果物の生産販売
企業名 杉田農園
創業 江戸時代後期(約300年)
所在地 川崎市宮前区菅生6-36-43(農園)                宮前区菅生6-36-13(レストラン)
電話 農園: 090-1691-5863               レストラン: 044-400-1778
従業員 3名
代表 杉田 広行(スギタ ヒロユキ)
URL https://sugita-nouen.biz/

交通量が多い尻手黒川道路を西に進み、清水台の交差点の手前を右折すると、丘陵地に閑静な住宅街が広がった。カーナビを頼りにさらに路地を進むと、左手に忽然と“里山”が顔を現わした。

眼下の谷あいには、果樹園と青々とした野菜畑が広がり、左右には畑をひっそりと押し包むように、こんもりとした雑木林の山が覆っている。

ここは、田園都市線や小田急線の沿線住宅地として、急速に宅地開発が進められてきた宮前区である。区の面積18.60平方キロ、世帯数105,039世帯、人口234,964人(2022年10月現在/宮前区ホームページ)のこの地に、これほどの里山が残されていたとは驚きだった。

江戸時代から300年続く杉田農園

杉田農園は、江戸時代から約300年にもわたって、代々受け継がれてきた農園である。ここでは、トマト、ナス、キュウリ、葉物などの野菜が常時15種類以上、ブルーベリー、キウイ、みかんなどの果実、さらには、カスタードアップルとも呼ばれる「ポポー」など、市場に出回らない希少なフルーツが育成されている。取材時(22年11月上旬)には、「東京ゴールド」が収穫の最盛期を迎えていた。高貴な香りと高い糖度が特徴のゴールド系のキウイである。

都市農園として生産量は少ないが、種目では100品目程度、品種では300種にも及び、大根だけでも10種育成している。「うちの野菜は飾りに使ったりとフレンチと相性がいい」と園主の杉田氏が語った。

現代の園主は7代目の杉田広行氏である。この地で営農を始めた初代は、「解体新書」で知られる江戸時代の蘭学医“杉田玄白”の兄との由。家業の医学を捨て、なぜ農業の道に進んだのかは不明らしい。広行園主に杉田農園のコンセプトやこだわりについて話を伺った。

宮前区菅生に広がる農園

畑は農家のものではなく消費者のもの

「ここでは、加温施設を使用せず堆肥を多用した露地栽培で、その時期にしか食べられない、旬の野菜や果物だけを作っています。旬だからこそ本来の美味しさを楽しめる上、できるだけ農薬や無駄なエネルギーを使用せずに、自然の姿で無理なく安全な作物を作りやすいからです。」

農薬について話を伺うと、旬外れの野菜は育成に無理があるため、農薬の使用頻度が増えるとのこと。中には、収穫直前に過剰に使用する農家もあるらしい。食の安心安全を追求する場合は、生産者や産地、販売場所までも選ぶ賢さが求められるそうだ。

もう一つのこだわりは、「もぎとり体験」や「畑の授業」などを通じて、農園を地域に積極的に開放していることである。“都市の農家は閉鎖的”と広行園主が言う。

「畑を防犯フェンスで囲んでしまう農家が多いですが、やり過ぎです。近隣の方々に自分が口にする野菜や果物が、どのように育てられているのか、見てもらうことが大切です。そして、土の匂いを感じたり、収穫を体験したり、採れたての美味しい野菜を食べてもらうと、畑は農家のものではなく、消費者のためにあることが分かってもらえます。」

急速に宅地化が進んだ宮前区は、区発足の翌年(1983年)から、40年近く連続で人口増が続いている。新たに農園の近くに移り住んできた人たちの中には、“臭いがする”、“土が飛んでくる”などの苦情を訴える人もいると言う。都市農園を営む上での悩みの一つだ。住民の理解を深める上でも、農園を積極的に開放することが重要なのである。

「実は、農園は単なる生産場所ではなく、災害時の避難場所としても機能します。ここには食料も地下水も煮炊きできる道具もある。農園にテントを張って寝泊まりすることも、焚き火で暖を取ることもできる。発電機も備えているので、停電時に明かりや電源を確保することもできます。」

実は、杉田農園は近隣住民にとって、非常時のライフラインでもあったのだ。こうしたことを知ってもらえると、“みんなで畑を守ろう”という意識が強くなると熱く語ってくれた。

広行園主は非常時に備え、今も道具や設備を充実させている。今後は子ども向けの“泥んこ遊び”や“焚き火体験”も始めたいと言う。こうした活動が、代々受け継がれ大切に育んできた“地と土”を活かし、守り、後世に残すことになるからだ。

農園レストラン「la pousse」」オープン

「うちの野菜はフレンチと相性がいい」と語っていた杉田園主だが、2022年7月、採れたての野菜と旬の食材を組み合わせた、カジュアルなフレンチレストラン「la pousse」(ラ・プース)を畑の隣に開店させた。“la pousse”とは「新芽」を意味するフランス語で、農作物の生育とともにレストランも成長させていきたい、との願いが込められているらしい。

シェフには本場フランスで修業を積んだ堀江敦司氏を迎えている。堀江シェフは帰国後、知る人ぞ知る美しが丘の名店「ビストロ ラ・ターシュ・ド・ルージュ」で10年間シェフを務めていたというから、その腕前はお墨付きだ。

せっかくの機会なのでここで昼食をいただいた。昼時の店内はご婦人グループで賑わっていた。大きな窓からは里山の眺望が広がり、すぐ近くには収穫前の紅みかんが鮮やかに実っていた。

ランチメニューは3種から選べるが、筆者が注文したのは一番お手軽なランチコース(\1,870税込)。前菜盛り合わせ、魚(または肉)、パン、飲み物、これに本日のスープ(\330)を付けてみた。眺望を楽しみながらいただく堀江シェフの料理は、言うまでもなく素晴らしかった。前菜にもスープにもメインにも、見たことがない希少な野菜がふんだんに使用され、それぞれ異なる食感と濃厚な味わいが楽しめる。全て堀江シェフが農園で摘んできたものだ。肉も魚も近接する川崎北部市場で上質なものが手に入る。この日いただいたスズキも(右画像)、シェフが目利きしたもの。皮目はパリっと焼かれ、分厚い白身はマシュマロのようにフワフワに仕上がっていた。はっきり言って大変美味しゅうございます。ここオススメです。

なお、ランチタイムは予約優先である。人気が高く席が埋まっていることも多いので、予めホームページで確認した方がいいだろう。ディナーコースもグランドメニューが\6,050(税込)とカジュアル価格で人気だ。

杉田農園が栽培する美味しい野菜やフルーツは、農園近くの直売所で週2日(水・土曜日の午前9:30~12:00)購入できるほか、オンラインショップでも「おまかせ新鮮野菜詰め合わせ」を送料無料で扱っている。是非お試しいただきたい。

スズキのポワレ

川崎市産業振興会館
トップへ戻る