柔軟な提案力を誇るガスケット、パッキンのニッチなプロバイダー
代表取締役
川端 和之
事業内容 | 工業用パッキング製造・販売 |
企業名 | 株式会社 東興社 |
創業 | 1960年(昭和35年) |
所在地 | 神奈川県川崎市幸区東小倉12-5 |
電話 | 044-511-6331 |
従業員 | 14名 |
代表 | 川端 和之(カワバタ カズユキ) |
URL | https://kawasaki-toukousha.com/ |
幸区にある東興社の主要な加工品は、ガスケットやパッキンなどのシール材である。シール材とは、高圧ガスが流れる配管や液体が流れる機械に存在する接合部の大きさに合わせて、流体が漏れないように入れるシートやリング状の部品である。漏洩防止のため柔軟性が必要で、通常はゴムや樹脂などが用いられる。一見、切断も容易には思えるが、変形しやすいので、カッター等の刃物に付着してキレイに切断できない難しさがある。東興社では、手加工による熟練の職人技とコンピュータ制御による自動機械を上手に組み合わせて、様々な材料・形状のシート材を切断している。加工の相談をすると、速射砲のように材料提案をしてくれる姿が印象的な代表取締役の川端和之氏に話を伺った。
手加工の家業に営業力とコンピュータ・自動機を持ち込んだ
東興社は、川端氏の父英二氏が1960年に同業からのれん分けする形で創業した。祖業は、シート状の材料を受け入れて、ダルマと呼ばれるプレスによる抜き機、木づち、タガネを使って、手作業で図面通りの形状に切断する仕事であった。職人気質の英二氏は、仕上げた仕事への信頼を基に、紹介で一つずつ取引先を増やし、堅実な経営に努めていた。
工場の2階にある生家で育った川端氏は、工場でアルバイト程度はしたものの、高校までは部活に熱中し、大学では経営学を専攻し、家業とは距離を置いていた。当時は、父と母も含めて4名の町工場で、「切断やプレスの工程で、ガスケットを地べたに置いて、土下座するような姿勢に抵抗がありました」とあまり良い印象を持っていなかった。
そのため、80年に川端氏は、建築資材関連の商社に営業担当として新卒で入社する。建築資材だけでなく、塗装などの機械装置の営業も担当した。オフコン(オフィスコンピュータ:事務処理用の小型コンピュータ)等の効率化ツールも使いこなし、持ち前の営業力を発揮して、最終的には営業所長までになった。一方で、住まいの下で営んでいる家業も気になってきた。「当時、東興社には営業がいなかったので、もっとできそう」と思い、父に決算書を見せてもらうと「これならできる」という確信に変わった。
そうして川端氏は、31歳の時に東興社へ転じる。「息子が継いでくれたことで嬉しそうにしていた」という父とは、語らずとも役割分担ができ、営業担当の専務として会社の売上拡大に舵を切っていた。商社時代に培った提案力で売上を上げると同時に、新しいことにも取り組んだ。機械メーカーと話をして、PC上のCAD(コンピュータによる図面作成ツール)図面に従って自動切断するカッティングマシンの開発を共同で進めた。「商社時代に携わった自動塗装機の生産効率の高さとスピードが強く印象に残っており、同様のことが自社のガスケットなどのカッティング工程でもできないかと考えていた」と語る川端氏は、カッターヘッド部の刃物の選定や動きの試験や改善提案を繰り返し、満足できるマシンを手に入れることができた。この機械化がその後の会社の成長に寄与していく。
ガスケットの仕上げ工程
自動機と現場の対応力を組み合わせて独自の立ち位置を築く
川端氏は、40歳で東興社の代表取締役に就任する。その頃には7〜8名の体制になっており、家業から脱している局面であった。社長になってからの最初の仕事は、マシンへの投資のための融資を受けることであった。当時の売上規模に比して多額の投資であったため金融機関との調整には初回は苦労したが、導入後に売上が拡大した実績ができ、信用を得たことで、更なる融資を受けて機械化を進めることができた。
ゲームセンターにあるエアホッケーのような大きな台の中で、縦横無尽にカッターが動き回っているマシンは、生産性向上に大きく貢献した。また、マシンを導入したことにより、高速道路のスライディングパッドの加工の仕事が受注できた。車の走行や地震による振動を逃がし、雨水にも耐えるように橋げたに設置されるパッドは、テフロン製で切断が手間であったが、機械化により負担を少なく加工できるようになった。このように同社の加工品は、その信頼性の高さから、インフラやプラントなど重要な箇所に使われている。
同社の強みは、その独自な立ち位置にある。まず、切断、削り(シート厚みの変更)、旋盤加工などをすべて社内一貫対応できる。量産は価格競争になり事業継続が難しくなることから、段取りやプログラムなどのオペレーション上の工夫をして品質を落とさず、PCや自動機の導入などにより生産性を高めて少量対応に注力している。入社以来、支え続けてくれる工場長が面白がってくれたこともあり、CAD化が進んできた。また、同業はメーカーの代理店が少なくないが、東興社は独立系であるので、多彩な材料を取り扱える。顧客の使用状況に最適な材料を選定でき、材料提案力が磨かれている。特にテフロン材の切削・切断に強みがある。「どうやって刃物を入れるのか?」と疑問を持つほど薄いテフロンを、手作業で割くこともある。
また、川崎の地の利を生かした現場の対応力も発揮している。急な仕事だと、16時に「1枚だけ加工してほしい」という発注があっても、加工して18時に出荷することもある。会社の周りを住宅に囲まれて操業しているが、騒音の少ないマシンを使うことで柔軟な対応ができている。
労働環境整備には、留意している。ハード面では、積極的な機械化により作業者の負担を減らしている。作業場所に限らず倉庫まで空調を入れて、快適な作業環境を保ち、生産性を高めるようにしている。ソフト面では「つらい仕事が偏らないように心掛けて管理している。単純作業が少なく、機械のオペレーションなど社員に任せられる仕事も多い。そのためか、若い人が面白味を感じてくれて20~30代の従業員が主力となっている」と川端氏は語る。
世代間で歩調を合わせて対応力を広げていく
川端氏は、薄物の加工ができる会社は減少傾向であるが、東興社の業界での知名度が上がっていることから、ニッチな存在として生きる場はあると感じている。材料提案力を期待して、ゴムやプラ段などを使った試作や実験用の加工も増えてきている。一方で、シート材加工業界の頭打ち傾向を意識し、積極的に企業連携をして、ガスケットの加工に関しては協力会社のネットワークを強化し、対応力を更に広げようとしている。
新たな事業分野へのしみ出しも進めている。樹脂専門の旋盤加工への対応もその一つである。2023年には補助金を活用してNC旋盤を導入し、樹脂製品事業を進めている。その提案をしてきたのは、頼もしいパートナーである息子の悠斗氏である。営業担当課長の悠斗氏は、自らのネットワークを築き、川端氏も知らないような様々な仕事の相談を受けてくる。そういう悠斗氏の動きを川端氏は、目を細めて見ている。数十年前の父が自分を見ていた時と同じように。