銀の持つ表現力で音の表情を伝えるオーディオマイスター
社長 芦澤 雅基
事業内容 | 高級オーディオ機器(カートリッジ、アンプ、ケーブル)の製造・販売 |
企業名 | 株式会社 オーディオ・ノート |
創業 | 1979年(昭和54年)10月 |
所在地 | 〒212-0053 川崎市幸区下平間242 |
電話 | 044-520-3150 |
FAX | 044-555-8350 |
従業員 | 6名 |
代表 | 芦澤 雅基 (アシザワ マサキ) |
資本金 | 1600万円 |
URL | http://www.audionote.co.jp/ |
息遣いまで感じられるボーカル、目の前で演奏しているかのようなピアノ――川崎市下平間にある(株)オーディオ・ノートのリスニングルームには、小さなライブハウスさながらの表情豊かな音が溢れている。同社は、銀線を用いたカートリッジ、プリアンプ、パワーアンプ、スピーカーケーブルなど、一つ一つ緻密な手作業を重ねて作られるオーディオ機器を製造している。ジャズやクラシック等幅広く音楽を聴くのが好きで、バンドのドラム担当として自ら演奏もするなど趣味の世界でも音楽に深く関わっている芦澤社長。「だけど最近は仕事が忙しくて練習が出来ず、バンドではなかなか自分の満足出来る音が出せていません」と冗談ぽく笑う。
理想のオーディオを作るため辿り着いた先に銀線があった
同社は、大手レコード会社のエンジニアであった近藤公康氏が1976年に独立して創業(79年に株式会社化)した。当初はMCステップアップトランスやプリアンプなどを製造していたが、ブランド力もなく経営的には苦戦していたと言う。しかし、そういった状況下でも同社は理想の音を追求することにこだわり続け、回路を複雑にする代わりに表現力のある素材を追求し、世界で初めて銀線を使ったオーディオ機器を開発した。それは大変画期的なことであった。なぜならば、通常の電気回路で用いられる電気導体は銅線であり、電気伝導度が数%向上するもののコストが銅の100倍近くにもなる銀を使おうとするメーカーは他になく、経営の面では無謀とも思える選択であった。それでも同社は、音楽の感性を伝えるための銀の持つ表現力を捨て去ることはできず、納得できる製品を作るために銀線を使い続けたのである。
転機は同社の姿勢と製品の表現力に惚れ込んだ英国の代理店が足しげく営業展開し、英国や米国のオーディオ専門誌にも紹介されたことであった。海外で強くオーディオ・ノートのブランドが支持されるようになり、アンプなどを中心に輸出が増加し、経営も安定するようになっていったのである。
同時に近藤氏は、音へのこだわりを受け継ぐことのできる後継者の育成にも力を注いできた。現社長の芦澤氏は、音響関係の学校の授業で近藤氏が講義していたことから知り合い、同社でのアルバイトなどを経験した。芦澤氏は卒業後に他のメーカーに勤務したものの、近藤氏の「世界最高のオーディオを作ろう」との誘いに応え1990年にオーディオ・ノートの一員となった。
同社の製品には、本来の音楽をありのままの姿で素直に正しく再生するという哲学がある。そのためには鋭敏な感受性を持って、緻密な回路技術と正しい設計によって製品を作り出すことが何より重要と認識している。ここでいう正しい設計とは、信号の歪みを調整するために複雑に回路を付け加えるのではなく、理想形のシンプルな回路で実現することである。しかし、シンプルであるが故に手間も多い。一つのアンプを作る場合にも、試作し動作確認してから回路部品を再選定し、また試作するという試行錯誤を伴う地道な作業を積み重ねている。その作業は、場合によっては数か月にも及ぶこともある。
「我々の製品は音楽を聴くための道具です。回路として電気特性が向上して低音や高音の再現範囲が広くなっても、音楽として聴いた時にバランスの悪さを感じるようであれば、それは意味のないことであると考えています。低音、中音、高音それぞれの量感がバランスよく響きあう“深さのある音”を我々は望んでいるのです」と芦澤社長は言う。その考えは、部品選択にも表れている。電気特性のみを追求する設計思想だと主要な部品だけに予算の殆どをつぎ込むような場合もあるが、同社の思想では機器全体のバランスのために、他社では重視しないハンダまで銀入りのものにするなど徹底した商品作りをしている。電気が流れた時に余分な振動が発生しないような構造の銀箔を用いたコンデンサー、銀線を巻いたトランス(変圧器)などの部品も自社生産している。オーディオの世界にもディジタル化の波が押し寄せるなか、最終的にはアナログ回路技術の重要性を提唱している。
最高の音質へ: 継承した姿勢と変化した描写
長年病を患っていた近藤氏は、後継者として目をかけていた芦澤氏に2004年に社長のバトンを譲った。それから間もない2006年、ラスベガスのオーディオイベント会場で近藤氏は急逝し、会社そしてオーディオ業界にとって大きな存在を失った。
その後を受け継ぐ芦澤氏に気負いのようなものはないかと問いかけると、「オーディオ・ノートの姿勢は何一つ変わらない」と答える。社長としては「新米で苦労することも多い」と語る芦澤氏であるが、信頼を第一に考えケアレスミスの排除を徹底するなど堅実さを社内に浸透させている。同社の検品は徹底しており、出荷前は全数2日間の通電試験と音質評価をしている。そのため生産量も限られている。
近藤氏の姿勢を継承している芦澤氏であるが、変えてきていることがある。最近、古くからのユーザーには「音質が変わってきた」と言われる。先代の音は緻密な描写をしており、カミソリのように一音一音のエッジが立っていた。そういう音はマニアにはうけるが、行き過ぎている部分もあったと認識している。現在は、芦澤社長と工場長の最終判断で、自然に伸びる音を重視して音を決めている。それが理解されず、古くからのユーザーに厳しい意見をいただくこともある。それでも「音楽の良さを表現する道具として、もっと先へ行きたい」との思いを持って、音の表情をどれだけ豊かにできるか、人間の声や息遣いが聴こえるような音か、そういった表現の深さを追求するようにしている。
日本人に銀線の奏でる音を届け、音楽の楽しさを感じてもらいたい
当社の製品は海外23カ国のユーザーに愛用されている。オーディオマニアには有名な同社であるが、それでも日本のお客様にはまだまだ伝わっていない点も多いと考えている。残念ながらまだ日本には海外と比べて高級オーディオの市場が育っていないようだ。しかし、雑誌等で高級オーディオが取り上げられるなどして、同社への問合せも増加してきている。そこで、今年初めから日本総販売代理店(株式会社クロックスファーストクラス)を立ち上げ、日本市場へ本格参入した。
理想の音の追求という面では、やはり音の出口であるスピーカーを製造することが目標であり、年内に目途をつけたいと思っている。ここでもやはり同社のこだわりが発揮され、作業場には、自作したスピーカーのコーン紙のサンプルが試行錯誤の数だけ転がっている。実は同社は10年ほど前までスピーカーユニットを製造していた。しかし材料の調達ができなくなり製造を断念した経緯がある。しかし、芦澤社長の耳には、当時のスピーカーが奏でた理想の音がまだはっきりと残っている。その理想の音を実現するために、これから更なるチャレンジをするところである。