株式会社ルートレック・ネットワークス

無線技術でモノとモノをつなぐプラットフォームを提供する

ルートレック・ネットワーク 代表写真
社長 佐々木 伸一
事業内容 ネットワーク機器などの情報通信機器の開発・販売
企業名 株式会社ルートレック・ネットワークス
創業 2005年(平成17年)8月
所在地 〒213-0002 川崎市高津区二子5-1-1 高津パークプラザ7F
電話 044-829-4361
代表 佐々木 伸一(ササキ シンイチ)
URL http://www.routrek.co.jp

ルートレック・ネットワークスは、社名の通りネットワーク技術を応用したリモート管理により、ルーターの稼働状況を監視する“RouteMagic”などのソリューションを提供してきた。最近では、有線だけでなく無線技術を取り入れてリモート管理の応用分野を拡張している。シリコンバレー仕込みのスピリットで挑戦し続ける同社社長の佐々木氏が語った。

シリコンバレーからパワーをもらってルートレックへ

佐々木氏は、1980年に新卒で分電盤等の電気設備製造会社に入社して、ビル監視装置のハード及びソフト設計を担当する。「学生時代は山に籠りっきりで、勉強の方は…」と語る佐々木氏であったが、コンピュータの技術に引きこまれていく。「今、振り返ると半導体やPCの勉強期間でしたね」というように、1982年には外資系半導体メーカーでCPUのセールスエンジニア、1986年には外資系コンピュータ周辺機器メーカーでのCPU周辺回路のセールスエンジニアなど、ITに関するキャリアを着実に積んできた。知識が増えたのと同時に、シリコンバレーや日本国内のPCベンダーとのネットワークも形成されていた。当時は、ITへ時代が動き出す過渡期に差し掛かっていた頃で、シリコンバレーではドットコム企業と呼ばれるITベンチャーが出現していた。その経営者たちが生き生きと働く姿を目の当たりにして、自分も経営者としてITの仕事をしたいと決意して1990年、シリコンバレーのベンチャー企業の日本進出を支援する株式会社アイシスに参画し、後の代表取締役に就任した。日本とシリコンバレーに事務所を置き、日本法人の設立及び人材獲得、ビジネスインキュベーション、株式公開など10年で80社程の米国企業の日本展開を支援した。そして、そのグループ会社の投資先の一社に、2000年創業のルートレック・ネットワークスがあった。ちょうど社長のポジションが空いており、同社は困っていた。「アメリカのベンチャーに力強いパワーをもらったことで決断できたのかもしれませんね」と当時を振り返る佐々木氏は、社長就任のオファーを受けた。

わかりやすい、売りやすい、買いやすい 製品戦略

同社では、ネットワークへのアクセス管理やログ収集を自動化する“RouteMagic”を販売していたが、当初は説明すればするほどわかりにくくなり販売不調であった。その局面を打開するため手本にしたのが、佐々木氏が以前支援していたシリコンバレーのベンチャー企業たちであった。彼らは、商品コンセプトがしっかりしており、難しい説明をしなくても売ることができた。同社に加わってすぐに、“RouteMagic”のコンセプトを再定義した。それ以来、「わかりやすい、売りやすい、買いやすい」を合言葉に、代理店やユーザーが1~2分の説明を受ければ理解できる商品を提供することにしている。そして販売戦略においては、ルーター(ネットワーク接続機器)販売数の多い国内大手のシステム構築事業者と業務提携を進め、“ルーターの管理ツール”として営業展開してもらうよう説明した。それらの打ち手が結果に繋がった。“RouteMagic”は、省庁や金融機関などに採用され、導入実績を増やしていった。
商品コンセプトを守るために佐々木氏は、あえて技術者としての視点を捨てて、営業視点で自社商品を評価している。「技術を知っていると、技術的に難しい内容が理解できるので、“楽をした”製品を許すことが多くなってしまいます。それでは、お客様にとってのベストな商品にならないのです。そのため、使い勝手に妥協が入らないよう、常にお客様視点で製品仕様はレビューしています」との考えから厳しい目を光らせている。

ワイヤレスで拡がるリモート管理の可能性

2005年には、佐々木氏と創業以来一緒に歩んできたメンバーでMBO(マネジメントバイアウト)をして、高津区に本社を置き新生ルートレックをスタートさせた。その事業の大きな柱として、“RouteMagic”のコンセプトを無線で実現するワイヤレスM2Mに取り組んでいる。ワイヤレスM2Mは、無線で「ヒトとモノ」や「モノとモノ」をつなげてリモート管理するシステムの事であり、有線のシステムでは実現が難しかったフォークリフトなどの産業用車両、自動販売機、電力やガスなどのメーターのような現場機器の情報を自動的に収集してネット経由でセンターに蓄積することが可能となる。データ収集コストが大幅に低減することも見込まれ、有線と比べて応用範囲は大幅に広い。しかし、無線、IT、クラウドなどの様々な技術をカバーして統合するプラットフォームを提供する必要性があり、技術的負担も大きい。それでも、頼もしい自社の技術者たちとビジネスパートナーの協力のおかげでプラットフォームが構築されてきた。2007年に初のワイヤレスM2M製品をリリースしてから、2009年にはOS搭載の組み込みWi-Fiモジュール(CPUなどの要素部品の集合体)の「H-Bird」を、2010年には普及を目指した廉価版の低消費型モジュール「L-Bird」を発表して、ユーザーニーズに対応できるラインナップを矢継ぎ早に揃えている。
ワイヤレスM2Mの製品群は、グローバル市場への展開を意識している。最近では新規参入企業も増加し、ボーダーが無くなってきているのを感じている。そのためには、グローバルスタンダードの技術にこだわり、3G(携帯電話)回線ではなく、Wi-Fiを採用している。技術ができたからといって、楽観視はしていない。1990年代の経験から、海外市場で売れるには最低でも1~2年はかかると目算している。そのため、まずは日本で販売実績を積むことが第一義と考えている。国の政策を調べて、自分たちの事業戦略と刷り合せしながら、社会貢献できる領域で事業化を進めている。佐々木氏は持ち前の行動力を活かして、役所、企業を問わず話を聞きに行き、ルートレックのプランを語っている。それも「社長には、表現する力や営業する力がないとダメだと痛感します」という実感から来ている。表現や営業強化の一環で、2008年にはホームページを大幅に改版した。「ホームページは、会社の門構えです。少々お金をかけてもしっかりしたものを作って、自社の魅力を伝えなくてはいけません」との考えで作成し、営業人員の少ない同社にとって貴重な営業ツールとして機能している。また、ワイヤレスM2Mの開発が進むにつれて、営業資料も何回も改版している。そうした日々の積み重ねがあってか、最近、ワイヤレスM2Mが社会に浸透してきた手ごたえを感じている。しかし、それに驕らずデジタルデバイド対策へ応用する大きな構想を持つ同社は、開発の手を緩めず挑戦を続けていく。

川崎市産業振興会館
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