インクリメントP株式会社

これまでの実走行距離は地球128周分 カーナビゲーションシステムを支える地図メーカー

インクリメントP  代表写真
社長
神宮司 巧
事業内容 カーナビ向け地図コンテンツの制作、インターネット地図サービスほか
企業名 インクリメントP株式会社
創業 1994年(平成6年)5月
所在地 川崎市川崎区日進町1-14 キューブ川崎2F
電話 044‐223‐1400
代表 神宮司 巧 (ジングウジ タクミ)
URL http://www.incrementp.co.jp/

「自動車を運転する際に必要なものとは何か?」との問にまず何が浮かぶだろうか。道路交通法では、運転免許証や車検証等の携行が義務付けられている。しかし今の時代、運転に必要な“もの”と言うと、カーナビゲーションシステム(以下「カーナビ」)を思い浮かべるドライバーも多いのではないだろうか。
電子情報技術産業協会(JEITA)の調べによると、2013年12月現在のカーナビ出荷台数は約6千万台、毎年400万台程度が出荷されている。それだけカーナビは国内で広く普及し、運転の際に欠かせない必須アイテムの一つとなっている。そのシステムを支えているのが「地図コンテンツ」である。

生き残りをかけた地図の内製化

インクリメントP(ピー)株式会社は、1994年の創業以来、カーナビの生命線とも言えるデジタル地図コンテンツの開発・制作・販売を手掛けるとともに、「MapFan」で知られる、パソコンや携帯電話向けの地図データパッケージを提供する企業である。
生い立ちは、カーナビ最大手メーカー「パイオニア」のソフトウェア開発部隊として設立され、当初はハード機器向けのソフトウェアや、ゲームアプリ等と並んで、カーナビ用の地図コンテンツの制作に取り組んでいた。
転機が訪れたのは1998年のことである。1990年代後半になると、カーナビは国内に急速に普及し始め、そのことにともない、地図データの内製化に取り組み始めたのだった。そして、地図コンテンツメーカーとしての礎を築き成長を遂げる。現在、同社が制作した地図コンテンツは、パイオニアだけではなく、ソニー、三菱電機、クラリオン、富士通テン、JVCケンウッドといった大手カーナビメーカーに広く採用されている。当時のことを神宮司社長に伺った。
「それまでは大手地図メーカーから、元データを購入していましたが、そのコストが高いことが課題でした。カーナビをより普及させるためには、地図コンテンツもコストを落とす必要がありました。また、競合ひしめく中で会社が生き残るためにも、何らかの“強み”を持つことも命題でした。そこで、地図の内製化を決断したのです。それだけの強い想いが当時にはあったのです」

調査のための走行距離は地球128周分、撮影画像は約20億枚!

カーナビには様々な情報が表示されている。道路地図のほかにも、周辺の施設や店舗等の構造物、方面看板や交通標識等の規制情報などが、実写さながらの映像とともに細やかに表示されている。いったいこのリアル感はどのように実現されているのだろうか。地図コンテンツの制作方法について続けて伺った。
「大元になるのは、国土地理院が発行している白地図(陸地の輪郭だけを線で表し、他の情報は一切表現されていな単色地図)で、そこに航空写真や自治体の都市計画図などの情報を落とし込んで、コンテンツを追加していきます。その中でも大変なのが、カーナビとしては一番重要な道路ネットワークデータの整備です。2005年より実際に車を日本全国に走らせて、5mおきに車両からの風景をカメラで撮影します。それを後で画像認識技術を駆使して、地図に反映させてコンテンツは作られています。」
5m間隔との話を伺って、“やはり”という思いと“まさか”という思いが交錯した。1台の車両で1日あたり、どれだけ進むことができるのか、全ての調査に何年かかるのか、そんなことを考えていると神宮司社長はさらに続けてくれた。
「最初の調査では約90台の車を走らせましたが、調査が終了するまでに3年もの月日を要しました。約90台のトータルでの走行距離は約125万kmにも及びます。現地に赴くことで、初めて得られる生の情報が多いので、実走行は欠かせません。現在も優先順をつけて、走行調査を続けていますよ。2014年(2015年1月現在)までに走行距離の累計は512万kmに達しました。地球に換算すると約128周も回ったことになります。撮影した画像も約20億枚にも及びます」
気が遠くなるような数字である。我々が普段、何気なく使用しているカーナビの裏には、こうした地道な努力が隠されていたのだった。
「日本の道路には高速道路や国道、県道、市道等がありますが、それぞれ管理者が異なるため、全国にどれだけの道路が走っているのか、誰も把握していませんでした。我々は日本で初めて、車が通行できる全ての道を走行しました。そのことで日本の全ての道路を把握できたのです」そう語る神宮司社長の温和な表情に、かつて、日本中を17年かけて測量し、国土の正確な姿を明らかにした、伊能忠敬の姿が重なった気がした。

創業以来の実楽主義スピリッツ

ご存知の方も多いと思うが、カーナビは日本生まれ日本育ちのシステムである。日本の場合、道路事情が複雑に入り組んでいるため、ナビゲーションのニーズが高いと言われている。一方、米国など海外では、道路システムがシンプルで分かりやすいため、カーナビよりもPND(パーソナルナビゲーションデバイス)と呼ばれる、簡易的な位置情報検知システムが普及している。海外を含めた、今後の展望について、神宮司社長に伺ってみた。
「欧米では確かに、カーナビよりもPNDが普及しました。しかし、その機能はスマートホンに置き換わり、やがて地位も奪われていきました。それが今度は純正カーナビに移りつつあります。PNDを使用したことがあるドライバーはカーナビを必要としているようです。欧米でのカーナビ市場は今後伸びていくと思います」
一度使うと手放せないもの、カーナビはその代表的な存在なのかも知れない。
「現在、我々が注目しているのはアセアン地域です。今年の1月にはタイに子会社を設立しました。アセアンの国々には近年、日本から多くの企業が進出していますが、これからはインフラの整備とともに自動車が普及し、カーナビのニーズも高まるでしょう。我々は、地域のため、進出している日本の企業のため、そして自社のためにも、アセアンの国々に地図コンテンツを提供し、発展に一役買いたいと考えています」
同社には他にも大きな期待が寄せられている。それは「自動運転技術」である。多くの自動車メーカーが開発に取り組む中で、Google社は既に数十万kmの走行試験を済ませ、技術的には完成に近いと言われている。ただし、その実現にはより詳細なデジタル地図が必要であり、その精度は従来の10分の1から100分の1、つまり50cmから5cm間隔での撮影が必要になるらしい。想像を絶する作業量とコストが発生する。しかし神宮司社長の表情は明るい。
「うちには“実楽主義”の理念があります。お客様も自分たちも楽しくなる、そんなサービスを提供するのが、我々の創業以来のスピリッツです。楽しみながら、お役に立てる日がきっとやってくると思いますよ」
そう語る神宮司社長の目は、まるで少年のように最後まで輝いていた。

川崎市産業振興会館
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